天王山祭り  「唐人おどり」  (三重県鈴鹿市東玉垣町  牛頭天王神社)

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前回の記事が短めで、今回も短いので続けてレポートすることにしました(笑)。今回のお祭りも5年前に行ったっきりのもので、毎年4月の第一日曜日に三重県鈴鹿市玉垣町の牛頭天王神社(須賀社とも呼ばれている)で行われている天王山祭りの「唐人おどり」です。このお祭りは三重県内の方も知らない方が多い「誰も知らないあんなお祭り、こんなお祭り」で、実際すぐ近くの鈴鹿市白子町に住んでいた友人が知りませんでした。(本当は私自身このお祭りは有名だと思っていたのですが・・・やはり同じ三重県に残る津市の「唐人踊り」があまりにも有名だからかなぁ・・・?)


この「唐人おどり」なるものは、江戸時代には日本のあちこちにあったと文献では伝えてますが、現在では三重県鈴鹿市と津市、それと岡山県牛窓町の三箇所にしか残っていません。(踊りや衣装はその地方ごとに違っていて、同じものが演じられるわけではありません。)ここでいう「唐人」とは江戸時代の外国人に対しての総称で、「唐の国の人」ということではありません。今回詳しく説明しませんが、津市の「唐人踊り」の衣装などは南蛮人のそれとしか思えないんですよ。


「唐人おどり」の起源としては、江戸時代に日本に来航した琉球使節朝鮮通信使の一行、国王の使者のほか、随行員として小童、楽隊、文化人、医師、通訳などのたくさんの人が加わっていたため、庶民には数十年に一度やって来る見世物としての側面が大きかったらしく、その随行員たちを真似た踊りを地元のお祭りの出し物として演じたのが始まりといわれています。しかし不思議なことに、岡山県牛窓町朝鮮通信使が立ち寄った港なんですが、二箇所も残っている三重県には琉球使節朝鮮通信使も通った記録が残っていません。これは本当に謎ですね。


さて本題の東玉垣町の「唐人おどり」ですが、地元で天王山(てんのうさん)と呼ばれている牛頭天王神社、別名須賀社の祭礼で、朝鮮通信使の楽士(道化師ともいわれている)を表したものといわれています。(津市の「唐人踊り」は動きが激しいのだが、こちらの「唐人おどり」はゆったりとユーモラスに踊られます。)踊りの一行は獅子や巫女と一緒に午後1時より町内をまわり、夜には神社境内に設けられた舞台で踊りを披露します。


最近は同じ日に行われる犬山祭ばかり行ってこちらにおじゃましていません。しかし一日かけてゆっくり見させていただきたいと思っているので、来年あたりフラッとおじゃまするかもしれません(笑)。このお祭りは大変貴重なものだとも聞いていますので、お近くの方は是非一度ご覧になってみてください。駆け足で二つのお祭りレポートしましたが、もう少し過去の写真を使ったレポートが続く予定です。新しいお祭り行ったら必ずレポートしますので、よろしくお願いしますね。それでは私は次のお祭りに行ってきます。