伊勢神宮 宇治橋「渡始式」  (三重県伊勢市宇治館町  神宮内宮)

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たぶん一番遅い「渡始式」の記事ではないでしょうか?まぁマイペースなところはお許し下さいね。今回の記事は写真が多いので、前編「渡始式」、後編「国民総参宮」にわけてレポートしますので、よろしくお願いしますね。


みなさんご存知の通り、平成25年式年遷宮に先立ち、架け替えが進められてきた神宮内宮の「俗世から聖界への架け橋」と呼ばれる宇治橋がこのほど完成し、11月3日に「渡始式」が行われました。それでは何故宇治橋だけが先に新調されるかご存知でしょうか?実は戦前までは宇治橋の架け替えも正宮の遷宮と同じ年に行われていたのです。それが太平洋戦争後、昭和24年に予定されていた式年遷宮が、世情を配慮して4年間延長されたのです。しかし「せめて宇治橋だけでも」という声が多くあり、宇治橋だけが予定通り架け替えられたので、4年の差が生まれたのです。ちなみにこの宇治橋、和橋木構造檜素木造という構造で、全長101.8M、橋幅8.42M、勾配が1.82M、宮大工のみならず、敷板には船大工の技術が使われています。


さて、この11月3日の「渡始式」は日本国民が待ち望んだ行事ということもあり、早朝からたくさんの参宮客で賑わった。(神社に参ることを参拝といいますが、神宮だけは参宮というのだと教えていただきました。)式は神宮祭主であり、今上天皇の姉上である池田厚子様を迎え、午前10時から古式の伝統にならって、衛士を先頭に伊勢市内から選ばれた渡り女(今回は市内植山町の82歳の田畑まきさん)とその夫、子供夫婦、孫夫婦の三代が続き、その後に宇治橋の架け替えに携わった橋工のみなさん(青い素襖に烏帽子姿)、神宮の神職方(純白の斉服)が内宮神域の斉館を出発、仮橋を渡り、宇治橋の西に鎮座する宇治橋の守り神である饗土橋姫神社(あえどはしひめじんじゃ)にむかう。そこで祈祷を受けた万度麻(橋の安全を祈る神札)が神職と橋工により、宇治橋西詰の川下側の第2擬宝珠の中に納められた。その後饗土橋姫神社を出た一行はうしろに全国から選ばれた52組の三代揃いの夫婦と、崇教者代表などの神宮にゆかりの深い人々を従え、再び仮橋を渡り神宮神域に戻る。そしていよいよ宇治橋を東から西へ渡始めが行われる。ここまでの間出遅れた私は(といっても朝6時に起床、午前7時台の電車に乗ってきたのですが・・)人混みのうしろのほうでみなさんの頭越しに…