岐阜まつり協賛・道三まつり  (岐阜県岐阜市  伊奈波神社をはじめとする市内各所の神社及び市街地)

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今回の怒涛の春祭りシリーズは、岐阜市で毎年4月の第一土曜、日曜日に行われている岐阜まつりをレポートするのですが、実はこのお祭りタイトルを見てもわかるのですが、「岐阜まつり」と「道三まつり」がいっしょに行われてまして、本当はまとめてレポートするつもりだったのですが、文章が長文化するのと、写真をたくさん見ていただきたい、ということで別々にレポートしたいと思います。


まづは「道三まつり」からレポートします。このお祭りは、昭和48年に放映されたNHK大河ドラマ「国取り物語」(懐かしいなぁー。余談ですが私この放送をキッカケに戦国好き、お城好きになったのです。)がキッカケに岐阜市にも多くの観光客が訪れるようになり、これを契機にもっと岐阜という所を知ってもらうため、岐阜のまちづくりに貢献した斉藤道三を称えるものとして、「岐阜まつり」に協賛する形で、歩行者天国、市民茶会、楽市楽座を行ったのがお祭りの始まりです。でも今では「道三まつり」は知ってても、「岐阜まつり」は知らない、或いは両方のお祭りはいっしょだと思っている地元の方もかなりみえます。(特に若い方はそうみたいです。)近年では秋の「信長まつり」と共に岐阜市を代表するお祭りになり、音楽隊、地元の芸妓さん、子供神輿、地元企業の神輿などのパレードも行われます。


4月4日、昨日の天気予報は「曇り午後からにわか雨」やっぱりか、と思っていたら何と朝から雨模様・・・やはりこのお祭りだけは晴れ男の神通力が通じないのか!?そう思いながら午前9時に出発。午前11時に橿森神社から岐阜女神輿「心女(しんめ)」が出発するので、それに間に合うよう車を走らせる。何とか時間までに到着。(セーフである。)ここで出発前の集合写真を撮らないことには面目丸つぶれなのだ。というのも実は私、馴れ初めを話すと長くなるので省略するが、「心女」の頭、公認の専属カメラマンなのである。(だから遅れるわけにはいかなかったのだー!)


頭や橿森神社宮司さんの挨拶も終わり、記念の集合写真も撮り終わった。さぁ出発!というところで雨が激しくなってきた。神社を出た神輿は柳ヶ瀬方面のメイン会場へと向う。(美川憲一の柳ヶ瀬ブルースで有名な所です。)しかし会場では子供たちの神輿パレードがまだ続いている。我々は雨の中それが終わるのを待つ・・・その間にも雨は容赦なく降り注ぐ。ずぶ濡れになった我々は20分ほど待たされようやくメイン会場へ。そこで暫く練った後、岐阜駅方面に抜けそこでまた待機。(今度はアーケードに入ることができた。)アーケードに逃げ込んだ我々の前を雨にうたれながら芸妓さんや各企業の神輿が通り過ぎていく。なかにはTシャツに短パン、地下足袋に半被といういでたちの女の子たちもいる。とても寒そうだ。その子たちを近くで見ると太ももあたりは完全に鳥肌がたち、小刻みに震えている。(ぜったい風邪ひくぞこりゃ)


雨がやむ気配がないままお祭りの目玉、神輿の総がらみにうつる。しかしいつものような覇気がない。総がらみ終了と同時に我々は足早に橿森神社に引き上げたのであった。みんなご苦労様だったねー。昼間だけの人はお疲れ様でした。早く帰ってお風呂入って温まってね。でも我々は夜のお祭り「宵宮」が残っているのだ。雨に濡れた体のまま「宵宮」の出発点である伊奈波神社参道入り口に向う。この続きは後の「岐阜まつり宵宮」で!(ハックション!)